WEB「こどもコ・フェスタ」&NHKミニ番組「こどもたちが見た被災地」サポーター座談会 こどもたち‘と’見た被災地
≪こうして「こどもコ・フェスタ」「こどもたちが見た被災地」はできた≫
3月11日の大震災、原発事故を経て、多くの制作者が「自分にできること」「やらなくてはいけないこと」について悩み考えました。そして2011年9月、ATP(社団法人 全日本テレビ番組製作社連盟)に加盟する制作会社がその組織力を生かし、NPO法人映像産業振興機構(VIPO)が主催する「こどもコ・フェスタ」に参加することが決定しました。
「こどもコ・フェスタ」とは、被災地の100人の子どもたちが、それぞれにビデオカメラを使って「今、自分が最も伝えたいこと」をテーマに約3分間の映像を制作し、WEBサイトやソーシャルメディアを通じて国内外へ順次発信していくプロジェクトです。このうちの24本が再編集され、ミニ番組「こどもたちが見た被災地」として、NHKにて放送されました。(2012年2月現在)
20名を超えるテレビディレクターたちが現地へ足を運び、カメラの使い方をレクチャーしたり、こどもたちが伝えたいことをどのように演出したら効果的なのかアドバイスしたりするなど、ディレクターではなく“サポーター”としてこどもたちのビデオレター作りに寄り添いました。そうしてできたのが、100人のこどもたちのメッセージVTRです。

○ATP震災プロジェクト参加会社13社
(株)エキスプレス(株)えふぶんの壱(株)オフィス・トゥー・ワン(株)オンリー・ワン(株)クリエイティブ・ネクサス
(株)ジーズ・コーポレーション(株)ダイメディア(株)テムジンテレコムスタッフ(株)/ (株)ネクサス/ (株)パオネットワーク
(株)文化工房(株)ボス
この企画にはどのような思いで参加されたのですか?
池山
震災直後は情報の受け手側になっていて、あまりの情報量に「テレビで流れるものは皆同じでもうたくさん・・・」みたいな思いがありました。そんな時に、今回の企画応募が社内メールで回ってきたんです。“子どもの視点”ということでしたので、どちらかというと世間の弱者である子どもたちが主役になれるのであれば、それまでに自分が聞いたことのない声を聞くことが出来るのではないかと思い参加を希望しました。
あとは自分が行っていない被災地に行けるのならという不純な動機もあって、使命感みたいなものとない交ぜになっていました
鈴木
正直僕も被災地のためになんとかしたいという気持ちと、実際自分の目で被災地の状況を確かめてみたい…という気持ちがありました。それまでTVで流れていた映像は、胸の痛くなるような悲惨な状況ばかりで、映っている人も大人ばかりでした。でもある番組を観ていた時、ふと子どもの自転車が画面に映ったんですよ。その時、「現地の子ども達はどんな事を思っていて、何を感じているんだろう…」と確かめてみたいと思ったんです。そんな事を考えてる時に、ちょうどこの企画応募があったので、参加させてもらいました。
牧嶋
僕も震災が起こった時は震災とは全く関係のない番組を担当していました。また、当時は震災を扱った番組がすごくたくさんありましたから、正直この時点で、自分が何か新たらしいことを取材して、伝えるのはむずかしいかと思っていました。
でもこの企画は“子どもの視点”というそれまでにはない新しいものでしたので、自分にも何か広げられることがあるんじゃないかって思ったんです。参加が決まった時は、ちょうど次に担当する予定だった番組のスケジュールが先延ばしになったので、1ヶ月名取市に滞在させてもらいました。会社の上司には感謝しています
鈴木
本当ですか?僕はレギュラー番組も平行していたので、週末を中心に7、8回現地に行きましたね。平日の子どもたちは16時くらいに学校が終わっても塾があったりと忙しくて、しかも撮影を行った10月、11月の東北は暗くなるのが早いので、ロケは土日が中心でした
牧嶋
そうそう、今の子どもたちはすごく忙しいですよね。だから1ヶ月滞在しても、実際に子どもたちと話せる時間は限られていました
池山
私はお二人ほど担当本数が多くなかったので、現地に足を運んだのは4回程でした
取材地を最初に訪れた時や、子どもたちと会った時にはどの様な印象を持たれましたか?
鈴木
仮設住宅の数にはびっくりしましたね。企画に協力してくれる子どもたちに当てがあって行った訳ではなかったので、仮設住宅を回り子ども達を紹介してもらって声をかけていったんです。全部で10カ所以上は回ったでしょうか。震災から半年以上経っていたのに、1つの場所で100世帯を超えているところがいっぱいあって、僕が見ただけでも多分1000世帯以上はありました。港の方は地盤沈下でまだ水も溢れていましたし、上手く言えないんですが、なんかこう込み上げてくるものがありました。
でも、子どもたちは明るいんですよ。悲惨な状況ですから落ち込んだり悲しんだりしているだろうなと思ってたので、そこが一番驚きました。中にはご家族を亡くしてしまった子もいたんですが、家の中ではどうか分かりませんけど、僕らと会っている時はいつも明るく元気だったので、悲しい気持ちになっていた僕が、逆に元気をもらっていました。
牧嶋
そうですね、それでカメラを持つと、そのとき、ちょっと良い方向にいつもと変わるように感じました。表現者みたいな感じになって、何か言いたいことを持っているのだろうなと思いました
池山
私が出会った子は、家族も家も一応無事だったという子が多かったんです。みな一見元気なんですけど、ひとりずつよく話しを聞いていくとやっぱり震災の前と後では生活が大きく変わっているんですよね。あるとき、震災後は大人たちが忙しくなってしまったことで、それまではあった家族と過ごす時間が少なくなっていて「一人でいる時間が多い」と、ぽろっとこぼした子がいたんです。でも彼女はすぐに続けて「でも頑張ってるよ」と言いました。それがなんだか心に残っています。
メディアとして取材をしていると、家族を亡くしましたとか、津波の被害に遭いましたといったような、どうしても見ている側のイメージが湧きやすい話題を多く取り上げてしまいがちなので、じっくり時間をかけないと分からないことを聞けたのは良かったですね
子どもたちと一緒に撮影を行う中で気をつけていたことや、皆さん自身がこれを伝えたいと思う様なことはあったのでしょうか?
鈴木
なるべく当時のことは思い出させない様に気をつけようとは思っていました。でもロケ地を巡って行くとそれは絶対無理で、とにかく明るくしようと思って、僕はずっとしゃべってました。
子どもたちと話していくと「こういうのが撮りたい」とか「こういうのがあってね」とかいっぱい話してくれるんです。だから僕らがどう伝えたいとかではなくて、子どもたちがどう撮りたいか、そのサポートなんですよ。子どもたちに寄り添ってどういう手助けをしてあげられるかだと思うんです
池山
こちらの意図をぶつけないように気をつけました。正直、編集することを考えたら「引きの画をフィックスで撮っておいて」とか色々思ってしまうんです(笑)けどそれを抑えて、子どもたちを後押ししたり、ちょっと助けてあげられればいいのかなと思ってやっていました
鈴木
子どもたちによって被災した状況が違うので、考え方や受け止め方が違いますよね。僕が出会った子の中に、お母さんを亡くしてしまった小学校5年生の女の子がいたんです。その子は福島県に住んでいる皆さんに手紙を書くと言って気仙沼の現状をレポートして行くんですけど、最後に「福島の皆さん、これからは震災のことをあまり考えずに明るく楽しく過ごしていきましょう」って言うんですよ。
「緑の真珠」と言われている、自然が豊かな大島に住んでいる男の子は、島の緑を必ず復興させるんだという熱い思いを持っていて、復興のためには自分たちが今の現状を未来に伝えていかなきゃダメなんだって話してるんです。
そんな二人を見ていて、僕はどっちなんだろうって考えちゃったんですよね。未来に伝えた方がいいのか、あまり話さず明るく過ごした方がいいのか。いくら考えても答えが出ない。お二人はどちらだと思いますか?
牧嶋
……分からないですよね。特に今回はこちらの意図を伝えるための取材ではないので余計に悩みますね。子どもたちが10年後に見直した時に何か思うものを残したい、と説明して協力してもらっていますから、たとえ矛盾があってもそのまま残しておいた方がいいのかなと
池山
私がサポートした26年後の自分に手紙を書いた女の子は、26年後にも津波は起きるかもしれないから今の自分のことを伝えておきたいと言ってつくっていました。
…私もどちらなのかという答えは出ません。それぞれでしかないのかなというか、今回の企画で言えば、極端な話、子どもたちが伝えたい相手にだけ届くメッセージになっていればいんじゃないでしょうか。編集する時は、子どもが何を見て何を伝えたいのかを最優先にして、「世の中の人が見やすいように」という番組的な意識をなるべく減らすようにしました。
牧嶋
こどもの世界が見られれば良いと思ってやっていました。でもある時、ただカメラを渡すだけでは彼らも困ってしまうことに気づいて、そこから子どもたちと沢山話す様にしたんです。会話の中で言葉を拾って、一緒に考えてあげる。そういうスタンスじゃないと何も動かない気がしました
鈴木
それってどこまでですか?これ撮った方が良いよとかこちらから伝えて、その通り子どもが撮ったりしてました?
池山
私はどうやったら伝わるだろうってことを一緒に考えましたね。その中でこちらからも、例えばこういうのはどうか、ああいうのはどうかというアイディアは出しました。けっこう却下されましたけど(笑)
鈴木
中にはいざ撮影をし出すと恥ずかしがっちゃう子もいて、そこをどう上手く乗せていくかいろいろ悩みましたね
牧嶋
つくり手としてどう関わるかっていう部分では実は今も悩んでいて、どんなやり方が正解なのかっていうところは、これからも自問自答していくんだと思います
池山
私がそこに行ってカメラを渡している時点で関わっているわけですしね
牧嶋
ドキュメンタリーの基本スタンスを問われている様な感じがしましたね
この企画に参加されて、今後番組をつくる上で変化した思いなどがありましたら教えてください
鈴木
子どもってこちらが考えている以上に大人なんだと思いました。無邪気なところは凄く可愛いですけど、考えることはしっかり考えている。
それと、テレビっていうのは一番身近なメディアだと改めて感じました。
ある子どもが僕のやってる番組を「毎週楽しみに見てます!」って嬉しそうに話してくれたんです。それを聞いて「厳しい被災地で頑張ってる子どもが、いつも僕が作ってる番組を楽しみに待っててくれてるんだなぁ」と。大変な日常を少しでも忘れられるような番組を作ろうという考えが生まれました。改めてバラエティの意義というものを考えさせられました。
池山
子どもたちと一緒に伝えたいことは何だろうって考えて行く作業が、ディレクターとして伝えたいことは何だろうと考える作業の原点な気がして、子どもたちとしたような会話を自分としていけばいいんだと思いました。
子どもたちの良い引き出し相手になれたかは分かりませんが、逆に考え方を再確認させてもらいましたね
牧嶋
子どもたちが試行錯誤しながら、一人で撮って来た映像を見て、とても生き生きしてて、びっくりしました。番組作りでも、取材対象者を信じることの大切さを再認識しました。
あとは、この企画に参加された方々のお話しを聞いていると、皆さんがもともとこういうことがやりたくてテレビ業界に入ったんだという気持ちに気づかせてもらったと言っていました。僕も同じ気持ちでしたので、同じ思いでテレビをつくっている人が周りにいることが分かって嬉しいというか、楽しいというか、凄く豊かな経験をさせてもらったと思っています
池山 珠子さん
テレコムスタッフ(株)

28歳。現在は主に「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ)、
「BS歴史館」(NHKBSプレミアム)などを担当。
こどもコ・フェスタでは宮城県東松島市を担当。

「池山さんがサポートしたこども」
満有(みう) / 宮城県東松島市
悠希(ゆうき) / 宮城県東松島市
鈴木 章浩さん
(株)オンリー・ワン

28歳。現在は主に「人生が変わる1分間の深イイ話」
(日本テレビ)などを担当。
こどもコ・フェスタでは宮城県気仙沼市を担当。

「鈴木さんがサポートしたこども」※他6名
牧嶋 庄司さん
(株)テムジン

32歳。現在は主に「CHINA WOW!」(NHK国際放送)
などを担当。
こどもコ・フェスタでは宮城県名取市を担当。

「牧嶋さんがサポートしたこども」※他8名
取材・文 町田弘行
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