緊急企画! ATP理事長 中尾幸男インタビュー (株)C.A.L/顧問・エグゼクティブプロデューサー 水戸黄門チーフプロデューサー 水戸黄門の歴史からすると、終りではなく“しばらくのお休み”なんだと思います。 プロフィール 1969年早稲田大学(法)卒業。 1969年(株)電通入社。ラジオ・テレビ局企画室へ配属。 1998年(株)C.A.Lへ出向、「水戸黄門」のチーフプロデューサーとなる。 2006年同社、代表取締役社長に就任。 2011年6月からは同社、顧問・エグゼクティブプロデューサー。 また、2008年10月からはATP(〔社〕全日本テレビ番組製作社連盟)理事長も務めている。 これまで「水戸黄門」の他にも、「遠くへ行きたい」「スター千一夜」「おしゃれ」「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」「なるほどザ・ワールド」「RYU‘S BAR 気ままにいい夜」「TVスクランブル」「ニュースステーション」等々、多くの番組に携わってきた。
「水戸黄門」は国民的番組と言われる一方で、ワンパターンでマンネリズムだと言われる一面もあります。
テレビ番組の作り手というのは、本来的に新しいものを作りたいという欲求がある訳ですから、最初から決まり事がきっちりある番組を引き継ぐというのは、
苦痛に思うこともあるんですね。
私も、始まってから30年近くも経っていた「水戸黄門」をプロデュースすることになった時は、かなり戸惑いがありました。
それまで自分はドラマ専門でもなかったし、まして、時代劇は初めてでしたので。
ただ、やるとなったら面白がって仕事しないとつまらないので、どうしたら面白く出来るのかを考え、
まず、実在の水戸光圀という人物は一体どういう人だったかを知ることから始めてみました。いろいろ資料を調べたり、光圀公のお墓参りにも行きました。
すると水戸光圀という人物が凄く魅力的な人物で実に人間味のある人であったことがだんだん解かってきたんです。
素敵なキャラクターと考え方を持った人物だったからこそ、すでに江戸時代から庶民のヒーローとして講談で取り上げられ、
映画も明治から昭和まで、100本近く作られているんです。
それがやがてテレビ番組として登場してきたんです。
これまで、水戸光圀の魅力をどう咀嚼して、エンターテインメントとして皆さんに楽しんでもらえるかをいつも考えてきました。
例えば、私の立場をお饅頭屋さんとしてみましょうか。
40年以上前に祖父が始めた店を父が継いで、自分が三代目として引き継いだとします。
そこには伝統の味をいかに守るかということと、同じ形の同じ味の物だけを作っていて
今の激しい競争の中で生残れるのかという悩みの両面があるんですね。
新しい商品を提供しないと新しいお客さんを呼び込めない。
でも、馴染みの商品をおろそかにしたら昔からのお客さんが逃げてしまう。
祖父も父も亡くなり、今は相談も出来ない。
どうすればいいのか?長く続いている番組だからこそ味わう経験です。
番組の歴史の中で制作スタッフもレギュラー出演者も随分交替しました。
視聴者の世代も同様に変わっています。
松尾芭蕉の俳句の哲学に「不易流行」という言葉がありますが、変わらないものと変わっていくものとの取捨選択やバランスのとり方が大変大事なのだと思います。
「水戸黄門」の番組で終始一貫しているのは、勧善懲悪というテーマです。根底にある“人間愛”も不変です。
でも、作品の表現は長い間に少しずつ変わって来ているんです。
今でこそ、ここぞという時には印籠を出すことが当たり前になっていますが、実は約1200回の放送の中で300回近くは印籠出していなんです。
当初は「あんな権威主義は良くない」という不評もあって、10年程は必ずしも定番ではなかったようです。
私が担当してからも印籠を出さない回を作ったりしましたが、今度は逆に「なぜ出さないのか?」と、視聴者の方からクレームが来たこともありました。
ものの評価や価値観というのは不思議なもので、時代とともに変化した証拠だと思います。
これは全く偶然ですが「水戸黄門」という番組は、私が社会人になってテレビの仕事を始めた年に始まったんです。
会社の先輩がプロデューサーとして制作に参加していました。
それを現在自分が担当していて、今年いっぱいで終了するというのは本当に感慨深く、大変重い気持ちで受け止めています。
終了するということで、あらためてこの番組の意味や大切さが分かる気がしています。これで民放のレギュラー時代劇が全て無くなるわけです。
時代劇は多種のスタッフの職人技で成り立っています。その人達のことを考えると本当に胸が痛みます。
42年間も長い間続いて来たということは、スタッフも出演者も関係者全て含めて、実に多くの人達によってリレーされ、引き継がれて来たわけです。
いわば駅伝をして来たようなもので、今、私はプロデューサーとして、タスキを次に渡せなかった選手のあの心境です。
特に今年は3月11日に東日本大震災があって、家族愛とか人の絆の大切さが語られていますが、「水戸黄門」は正にそれを基本テーマにして来た番組です。
その番組が今年終わるということで、大変無念さを感じています。
「水戸黄門」が始まった頃というのは、同じエンターテイメントでも映画とは違う映像メディアとして、本格的に成長し始めた発展期でした。
新しい制作会社も続々誕生し始めた頃です。
上手く言えないのですが、その頃は業界としていろいろなルールがあるようでなくて、ビジネス的にもまだまだ発展途上で曖昧な部分が多くありました。
ただ、そういう時はそれなりの面白さがあったんだと思います。
面倒な縛りがない中で、皆が自由闊達に仕事を楽しみながら付き合いがあって、その中で様々なユニークで面白いアイデアや企画も生まれていました。
現在は、かつて未熟だった部分が成熟した分、非常にビジネスライクな時代になってきました。
放送局も制作会社も関係なく自由闊達に言い合えた時代から、襟を正して企画書を提出しなければならない時代になり、
番組が当たるかどうか、二次利用で利益を得られるかどうかなど様々な条件が整わないと企画が成立しにくく、
昔ほど自由でユニークな企画が生まれにくくなっているように感じています。
テレビの仕事で何が大事かと言うと、企画の説得力ですね。制作者、出演者、放送局、スポンサー等、関係者間の共感と理解をいかに得るかということです。
誰が発想するのか、それに誰が共感するのか、そしてそれはいつ世の中に出るのかという、タイミングの問題も大きいですね。
それらがマッチングしないと中々企画は成立しません。「水戸黄門」は42年前にそれらが上手く合致したのだと思います。
江戸時代から楽しまれてきた「水戸黄門」は、今や誰もが知っているコンテンツです。
今年で一旦終了するわけですが、またいつか、どこかで、間違いなく新しく再登場すると思います。
200年近く、いろいろな形、いろいろなメディアで登場してきたものが、これで無くなってしまうとは思えません。
どんなにヒットした番組でも必ず終わる時が来ます。
番組というのは命あるもので、それを制作者だけではなく、視ている人たちと一緒に育てていくものなのだとつくづく思いますね。
番組制作という仕事は、いつもワクワク、ドキドキしながら、あるいは楽しみながら、苦労しながら、自分の思いや情熱をありったけ込められる仕事だと思います。
学生の皆さんには、テクニック云々ではなく、これまでにどういう人たちが、どういう思いで番組をつくってきたかを探って欲しいですね。
そこには計り知れない面白さやダイナミズムが存在しているはずです。
皆さんには、こういう仕事がしたいと目的意識を強く思って欲しいです。この仕事はつまらないとか、こんな仕事は嫌だとか、簡単に思わないで欲しいですね。
どんな仕事にも辛い事は沢山あるものです。でも、今それをやることが後々自分の仕事の中で大きな意味を持つこともあります。
自分の希望が叶わない時にも、巡り合った仕事、あるいは巡り合った人とどう向き合い、どう関わるかが大切なんですね。
これからの時代、単に良さそうな会社を選ぶという発想だけでは駄目なのではないでしょうか。ATPに加盟している制作会社だけで126社もあります。
毎年開催している合同就職セミナー「TVエグザム」で、是非多くの制作者と接して彼らの話を聞いて、その人たちの人間を感じて欲しいですね。
制作会社が今日までにこんなに多く誕生しているのは、テレビ業界が発展してきたということと、そういう作り手の存在を必要としてきたという両面があると思います。
昔に比べ、制作現場で働ける可能性は圧倒的に広がりましたが、決してそこに安住出来るという保障があるということではありません。
自分の仕事に誇りと仕事を面白がる気持ちを是非持って欲しいですね。
そして、そんな皆さんの中の誰かが、いつかまた新しい「水戸黄門」を作ってくれるのではないでしょうか。
取材・文 町田弘行
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テレビ番組の作り手というのは、本来的に新しいものを作りたいという欲求がある訳ですから、最初から決まり事がきっちりある番組を引き継ぐというのは、
苦痛に思うこともあるんですね。
私も、始まってから30年近くも経っていた「水戸黄門」をプロデュースすることになった時は、かなり戸惑いがありました。
それまで自分はドラマ専門でもなかったし、まして、時代劇は初めてでしたので。
ただ、やるとなったら面白がって仕事しないとつまらないので、どうしたら面白く出来るのかを考え、
まず、実在の水戸光圀という人物は一体どういう人だったかを知ることから始めてみました。いろいろ資料を調べたり、光圀公のお墓参りにも行きました。
すると水戸光圀という人物が凄く魅力的な人物で実に人間味のある人であったことがだんだん解かってきたんです。
素敵なキャラクターと考え方を持った人物だったからこそ、すでに江戸時代から庶民のヒーローとして講談で取り上げられ、
映画も明治から昭和まで、100本近く作られているんです。
それがやがてテレビ番組として登場してきたんです。
これまで、水戸光圀の魅力をどう咀嚼して、エンターテインメントとして皆さんに楽しんでもらえるかをいつも考えてきました。
40年以上前に祖父が始めた店を父が継いで、自分が三代目として引き継いだとします。
そこには伝統の味をいかに守るかということと、同じ形の同じ味の物だけを作っていて
今の激しい競争の中で生残れるのかという悩みの両面があるんですね。
新しい商品を提供しないと新しいお客さんを呼び込めない。
でも、馴染みの商品をおろそかにしたら昔からのお客さんが逃げてしまう。
祖父も父も亡くなり、今は相談も出来ない。
どうすればいいのか?長く続いている番組だからこそ味わう経験です。
番組の歴史の中で制作スタッフもレギュラー出演者も随分交替しました。
視聴者の世代も同様に変わっています。
松尾芭蕉の俳句の哲学に「不易流行」という言葉がありますが、変わらないものと変わっていくものとの取捨選択やバランスのとり方が大変大事なのだと思います。
「水戸黄門」の番組で終始一貫しているのは、勧善懲悪というテーマです。根底にある“人間愛”も不変です。
でも、作品の表現は長い間に少しずつ変わって来ているんです。
今でこそ、ここぞという時には印籠を出すことが当たり前になっていますが、実は約1200回の放送の中で300回近くは印籠出していなんです。
当初は「あんな権威主義は良くない」という不評もあって、10年程は必ずしも定番ではなかったようです。
私が担当してからも印籠を出さない回を作ったりしましたが、今度は逆に「なぜ出さないのか?」と、視聴者の方からクレームが来たこともありました。
ものの評価や価値観というのは不思議なもので、時代とともに変化した証拠だと思います。
これは全く偶然ですが「水戸黄門」という番組は、私が社会人になってテレビの仕事を始めた年に始まったんです。
会社の先輩がプロデューサーとして制作に参加していました。
それを現在自分が担当していて、今年いっぱいで終了するというのは本当に感慨深く、大変重い気持ちで受け止めています。
終了するということで、あらためてこの番組の意味や大切さが分かる気がしています。これで民放のレギュラー時代劇が全て無くなるわけです。
時代劇は多種のスタッフの職人技で成り立っています。その人達のことを考えると本当に胸が痛みます。
42年間も長い間続いて来たということは、スタッフも出演者も関係者全て含めて、実に多くの人達によってリレーされ、引き継がれて来たわけです。
いわば駅伝をして来たようなもので、今、私はプロデューサーとして、タスキを次に渡せなかった選手のあの心境です。
特に今年は3月11日に東日本大震災があって、家族愛とか人の絆の大切さが語られていますが、「水戸黄門」は正にそれを基本テーマにして来た番組です。
その番組が今年終わるということで、大変無念さを感じています。
新しい制作会社も続々誕生し始めた頃です。
上手く言えないのですが、その頃は業界としていろいろなルールがあるようでなくて、ビジネス的にもまだまだ発展途上で曖昧な部分が多くありました。
ただ、そういう時はそれなりの面白さがあったんだと思います。
面倒な縛りがない中で、皆が自由闊達に仕事を楽しみながら付き合いがあって、その中で様々なユニークで面白いアイデアや企画も生まれていました。
現在は、かつて未熟だった部分が成熟した分、非常にビジネスライクな時代になってきました。
放送局も制作会社も関係なく自由闊達に言い合えた時代から、襟を正して企画書を提出しなければならない時代になり、
番組が当たるかどうか、二次利用で利益を得られるかどうかなど様々な条件が整わないと企画が成立しにくく、
昔ほど自由でユニークな企画が生まれにくくなっているように感じています。
テレビの仕事で何が大事かと言うと、企画の説得力ですね。制作者、出演者、放送局、スポンサー等、関係者間の共感と理解をいかに得るかということです。
誰が発想するのか、それに誰が共感するのか、そしてそれはいつ世の中に出るのかという、タイミングの問題も大きいですね。
それらがマッチングしないと中々企画は成立しません。「水戸黄門」は42年前にそれらが上手く合致したのだと思います。
江戸時代から楽しまれてきた「水戸黄門」は、今や誰もが知っているコンテンツです。
今年で一旦終了するわけですが、またいつか、どこかで、間違いなく新しく再登場すると思います。
200年近く、いろいろな形、いろいろなメディアで登場してきたものが、これで無くなってしまうとは思えません。
番組というのは命あるもので、それを制作者だけではなく、視ている人たちと一緒に育てていくものなのだとつくづく思いますね。
番組制作という仕事は、いつもワクワク、ドキドキしながら、あるいは楽しみながら、苦労しながら、自分の思いや情熱をありったけ込められる仕事だと思います。
学生の皆さんには、テクニック云々ではなく、これまでにどういう人たちが、どういう思いで番組をつくってきたかを探って欲しいですね。
そこには計り知れない面白さやダイナミズムが存在しているはずです。
皆さんには、こういう仕事がしたいと目的意識を強く思って欲しいです。この仕事はつまらないとか、こんな仕事は嫌だとか、簡単に思わないで欲しいですね。
どんな仕事にも辛い事は沢山あるものです。でも、今それをやることが後々自分の仕事の中で大きな意味を持つこともあります。
自分の希望が叶わない時にも、巡り合った仕事、あるいは巡り合った人とどう向き合い、どう関わるかが大切なんですね。
これからの時代、単に良さそうな会社を選ぶという発想だけでは駄目なのではないでしょうか。ATPに加盟している制作会社だけで126社もあります。
毎年開催している合同就職セミナー「TVエグザム」で、是非多くの制作者と接して彼らの話を聞いて、その人たちの人間を感じて欲しいですね。
制作会社が今日までにこんなに多く誕生しているのは、テレビ業界が発展してきたということと、そういう作り手の存在を必要としてきたという両面があると思います。
昔に比べ、制作現場で働ける可能性は圧倒的に広がりましたが、決してそこに安住出来るという保障があるということではありません。
自分の仕事に誇りと仕事を面白がる気持ちを是非持って欲しいですね。
そして、そんな皆さんの中の誰かが、いつかまた新しい「水戸黄門」を作ってくれるのではないでしょうか。